2020年1月3日金曜日

僕たちの人間性とは次元なのか、振れ幅なのか、それとも質量なのか

三が日の最後の日、海外の嫌なニュースが流れてきた。

色々な背景はあるのだろうけど、人の命を奪う大義はどこにあるのだろうか。

ローマ法王が掴まれた手を振り解いたことも非難される一方で、公然と要人への空爆が命令され行われる。

このギャップが僕にはどうしても理解出来ない。

さて、僕たちの人間性は、何によって測られるべきなのだろうか。

全能の神様に一歩でも近づける叡智の次元の高さなのだろうか。

それとも、九徳のように相対する行動を様々な状況に応じて適切に使い分けることだろうか。

もしくは、超新星やブラックホールのように全ての経験が蓄積された意味づけの重みだろうか。

ここ数年、成長を測るためにずっとそんなことを考えているのだけれど、空爆命令とローマ法王の手は全能の叡智でも、九徳でも、蓄積された意味でもなく、人の業そのものだ。

地球温暖化にしても、海洋汚染にしても、そして国家間の争いにしても僕たちの成長による解決の道筋すら見えていない。

そう考えると、僕たちは僕たちの成長を過剰に評価してはいけないのかもしれない。


どこへいく?