2018年6月26日火曜日

「場所」の多義性と「学び」のポジティブ志向は取扱注意

場づくりとかサードプレイスなど、「場所」という言葉は組織、学びに置いて重要な意味を持っている。

僕が「場所」というと、清水博著「生命と場所―創造する生命の原理」を論拠としているのだけど、組織、学びにおける「場所」はもっと幅広く用いられているように思える。

複雑系で「場」において解を生み出す条件が「場所」であるするのに対し、組織、学びにおける「場所」は、共同体的、共創の行為も指しているからである。

「生命と場所」より抜粋
「場所」は解の可能性を限定する拘束条件を生成するものである
関係子の集まりとしての生物が「場所」の状況と整合的になるように自分で自分の状態を決めている以上、生物のなかにも「場所」(内部場所)が存在していると結論しないわけには行かない(私は内部場所のことを「場」と呼んでいる)

創造的問題解決を解を生み出す拘束条件だとすれば、それでも同意と言えるかもしれないけど創造的な解決を拘束条件と捉えるのは僕的にはよろしいものの、ちょっと無理がある気もする。

なんだか難しくなっているけど、要するに「場所」という言葉には多義性があって、その中でも「学び」ではめっちゃポジティブに使われているなぁ、ということなのだ。

ポジティブネスは下手をすると信じるものとなりがちだから僕たちは「学び」ありきにならないよう気をつけたほうがよいかもしない。


エビチリ万歳!