2020年7月4日土曜日

超社会主義が一番怖い という反論

僕は昨日、超主観主義が一番怖いと書いた。

今日はその反論を書いてみよう。

超主観主義を一番手っ取り早く表現するならトランプ大統領だ。

俺は不公平だと思うからパリ協定から脱退する、俺は中国よりだと思うからWHOから脱退する、俺は人間は神が作ったものだと思うから進化論は否定する、などなど「俺(私)はこう思う、そしてそれが正しい」というのが超主観主義だね。

まあ、こういう人たちが自然の摂理を無視することで新型コロナウイルスが蔓延するのだけど、では、こういう人たちが居なかったどうなるのだろうか。

「僕は、私は、こう思う。だからこうする。」が無くなったら社会は機械のようになってしまうだろう。

リーダーシップ論やテイラーの科学的管理手法といった、今日の経営論的人材観の起点はここにあるのかもしれない。

人を消費可能な材料として捉えると、余計なことを考えない方が楽だ。

高度成長期に、手と足を会社に持ってきて頭は家に置いてこいと公言した通販会社の創業者や、美味しくしようとか余計なことをするから食中毒が発生するのだと言い切った経営者などはその典型だろう。

僕たちが僕たちの人生に意味を見出せば、僕は、私はこう思う。だからこうする。」となる。

つまり、社会性100%なんて、もはや多様な人が集う社会ではないのだ。

結局、超主観主義は怖いけど、超社会主義も怖い。

その中庸で、もしくは振れ幅の大きさでいることが未来に目を向けた僕たちの有り様なのかもしれない。


染まらず