僕は今年作家辻仁成さんの開催する文書教室に参加していた。それでこの程度かよというつっこみはもちろんあるのだけれど、文章を書く以上一人でも読んでくれるという稀有な人がいらっしゃる限りまともな文章を書きたい、そう思っているのだ、脳卒中サバイバーでもちゃんと考えられるのよ、えへへ。
では何のために書いているのかと言えばぶっちゃけ自分のためである、
だが「書くことは人生を豊かにする。」という氏の主張には強く共感します。
元々、読んでもらうことはあまり考えず(すみません)日々考えて文章を書き続けるという習慣を手に入れたくて始めたこのブログだけど、
脳卒中で倒れ、出血状況と手術の内容から高次脳機能障害も疑われ半身麻痺もあって社会の異物となった感に強く苛まれる中でも、何か感じたこと気づいたことをさ考えて文章に書くと言う習慣が僕現世につなぎ止めてくれたことは間違いない。間違いなく書くことで僕の人生は豊かになっている。でも、もうちょっとラブレターみたいに読む人に届けたいと思うようになり文書教室に参加したのだ。この文書教室新年も開催されるとのことで、早速申し込みを済ませた。
課題があって「食にまつわるエッセイ「日々のごはん」1000文字~1500文字を提出する。
そこで僕は昨日デイケアの通所リハビリで、15分間室内バイスクルを漕ぎ、50メートルを手引きで1分という超高速歩行(杖だと2分15秒)をしながらそれ以外の空き時間で課題のエッセイを書いていた気がつけば1231文字にもなっていて、今日からは推敲を始める予定だ。
デイケアでご老人(僕もその一員(泣)たちが古い歌を大声で歌うのを聞きながらipadに文字を打ち込むのであったが、その時僕の人生は確かに豊かになっている実感があった。僕は脳卒中と会社の卒業で多くのものを失ったけど、人生は失っていない。その僕の手元に残った人生をどう豊かにしていくのか、それはより良く生きることの実践である。
そうだ、僕は人生の実践者であればいいのだ。神様は僕から仕事も健常な身体も取り上げていったけど、命と考える頭と歩みから学び直す勇気と身体、大事な大事な一緒に語り合え支えてくれる仲間を残してくれた。奪われたものと遺されたものをくらべればぼくにはまだこんなにたくさん残っている。しかもそれは豊かにすることが出来るものばかりではないか。
一昨日も僕は自分で昼ごはんを作ったけど、工夫すれば料理だって作れる。お酒は無くても人生は豊かに出来る、それが、脳卒中からサバイバルしている僕の実感だ。
ペンネのボロネーゼ(レトルト)美味かったです。