昨日に続いて人口知能AIネタを書きたいと思うITが発展しネットワークからビッグデータが日々勝手に集まるようになると呼応するようにその膨大なデータを分析マイニングする技術が開発されたそれが機械学習である。
恐らくかつての中国のように人海戦術で社会問題を解決してきた社会であっても、もはや、日々膨大に集積されるビッグデータを人手で解析するのは不可能だ。
一方。コンピュータは24時間黙々と同じ作業を行わせても文句ひとつ言わない。
人間はそうはいかない。
そんな働き方させたら。病気になってしまうし信義であっても教義であっても対価があっても人間性を無視した劣悪な労働環境をもはや社会が許さない。
機械学習に代表されるAIは人間を過剰で劣悪な労働から僕達を解放してくれる重要な社会的リソースだ。ではどんなリソースかと言えば僕たちの認知を学習し代行してくれるリソースだ。だから学習の前提として、人間の認知結果というお手本が必要になる。企業の人事部に限らずHRの領域に関わる事業者(ベンダー)には膨大な人に関する情報が日々集まる。これはまさに山から水が流れ込むカルデラ湖みたいな状態だ。この情報を人海戦術で整理しようとするとまさに万里の長城を築くような劣悪な終わりのない作業になる。だから、どこの企業でも人事部員はつねに過剰労働に晒されているのだ。
データ整理だけでなくハイタッチな対人業務も行列待ちだからね。ああ悲しき人事部員達よ。そんな人事部が社員の働き方や健康を担うというのもなんとも皮肉な話である。
ITの普及発展とともに膨大なデータが集まる産業は〇〇テックだ~と色めき立った。
HRの領域もそうだ。
しかし先ほどの前提に立ち返ればHRの領域ほど学習に不向きな領域は無いのである。
なぜなら、人が他人を評価するときの認知ほどいい加減なものは無いからね。
確証バイアスというのはもはや既知だし。
人の認識に関して言えば、そもそも初歩的な顔認識(あなたは〇〇さんです)にしたって人によって情報が変わってしまう(犯人のモンタージュとかドラマで出てくる面通しを思い浮かべればよくわかるだろう)この人は〇〇さんですといった、ごく初歩的な視覚情報と記憶の照合ですら人間の認知はいい加減だ。
当然、人の認識を前提としたITで学習すべきお手本はいい加減なものでしかない。
頭の中で、マルチモーダルに統合されて創発される知識は極めて文脈依存性が高いので一般的には異なる文脈におけるお手本にはなり得ないといえるだろう。
ITではそのいい加減さ(文脈の多様性)をデータの大きさでヘッジしたのだけど、HRの情報はそこまで膨大じゃないし不作為(客観的)でもない。
HRのデータマイニングをはじめればそんな不都合な事実(作為性)にすぐに気づけるはずだけど、巷のHRテックはその不都合な事実などまるで無いかのように目を瞑ってAIでござ~いと吹聴する、ウソだらけな状態なのである。
昨日も書いたけど、そんなウソを有難く信じるのは人為的な無能に勤しむ意思決定者であり現場担当者だ。
