2026年1月16日金曜日

6MoNで分かったこと

 6MoNは、開発当初から「既存の診断・アセスメントは、正解探しの評価に寄りがちで、自己のアイデンティティ理解には必ずしも適していない」という現状認識に立って構想した。アイデンティティが多元化する現代にふさわしい測定法として、私達は6MoNのコンセプトを組み立てたのである。

その核に置いたのは、ナラティブセルフを記述するための枠組みであり、自己を固定的な属性ではなく「より良く生きるために日々成長する存在」として捉える視点だった。そして、その成長の手掛かりとして、アリストテレスの枢要徳──賢慮・勇気・正義・節制──を採用した。もし枢要徳が、人が本来備えている「より良く生きるための可能性」だとするなら、それは人生の物語と必ず深く結びついているはずだ。

実際に6MoNを用いて人生の物語を記述してみると、誰もがシーンに応じて枢要徳を使い分けていることが見えてきた。枢要徳は、性格のように一貫した“固定特性”ではない。むしろ、場面ごとにその人をまず動かす「スターター(起動スイッチ)」のように働く。

たとえば、勇気をスターターにしやすい人は前へ進むことに長ける一方で、前に進めない状態に強い不安を抱きやすく、ときに他のスターターの人を巻き込みがちになる。賢慮をスターターにしやすい人は、意味が立ち上がらないと動き出せないため、動き出しを強要されると強い抵抗感をもち、巻き込まれないように身を引く。正義をスターターにしやすい人は、周囲との呼吸が合うことが起動条件になるので、「なぜ?」「どうしたいの?」と意味を問われると、かえってフリーズしてしまうことがある。節制をスターターにしやすい人は、論理性や筋(べき)が起動条件になるため、他者の勢いに釣られて動くことには否定的になりやすい。

ただし重要なのは、これらのスターターは誰もが使い分けうるものであり、固定されたものではないという点だ。確かに“その人らしさ”は表れる。しかしそれは「特性」として貼り付くものではない。ここが、性格とは決定的に異なる。

つまり枢要徳とは、誰もが「より良く生きる」ために場面に応じて選び取り、使い分けているスターターである。そういう意味で、枢要徳は人生の物語の一部を成す要素である。それが6MoNを作って使って分かったことである。