新年早々のビッグニュースは、青学の箱根駅伝優勝ではなく、高市首相による衆議院の解散・総選挙だった。
だが、それ以上に驚いたのが、立憲民主党と公明党による新党結成である。結成に際して立憲民主党は、政治的信念であったはずの立憲主義を、かくも容易く捨ててしまった。
信念とは、人の本質のさらに奥底にあり、その人の行動や考え方に強く影響を与えるものだ。通常、リフレクションでは行為の背後にある「本質」への気づきが核心とされる。しかし、その本質よりもさらに深いところにあるのが信念であり、下手をすると無意識の領域にあって、その姿を知ることは難しい(ときに意識が蓋をして隠蔽していることすらある)。
それでも私たちは、他者を理解するうえで、何となくそれを察し、判断している。だからこそ、そのレイヤーがそんなに簡単に変わってしまうのだとしたら、他者理解の根本を揺るがす大事件だ。今回、目の前で起きている出来事は、まさにそれである。
組織論の大家エドガー・シャインは、組織学習が起こるのは「生存不安 > 学習不安」の場合だと考察した。今回、立憲から新党に合流した148名中144名の国会議員の認知変化の背後にも、異常に強い生存不安が存在することは、おそらく間違いないだろう。
しかし、そうした「信念の豹変」が、これまで彼らを支援してきた有権者にどう映るのか。いまから2月8日の開票が気になって仕方がない。
