2018年7月11日水曜日

15年前から考えていること

情報は不変であるがコンテクストにおける意味は変化する。
その変化と意味を把握しなければダイナミクスを理解することはできない。
変化と意味を同時に測定することは不可能なので、変化を測定し、そして意味を問うのだ。

これは僕が15年前に僕が考えていたことだ。

その当時はきっと違うことを考えて書き残したのだろうけど、今となってはすごく意味深い。

情報は経験とか環境とか色々置き換えができる。

それは「事実」だね。

一方、コンテクストとは、その人が生きてきた人生の文脈であり、それによって「事実」の意味が変わる。

例えば、「一枚の絵」がその人の人生によって全く意味が変わるようにね。

絵を描いた作者の悲しみに心が震える前と後でも意味は変わる。

僕たちの生命のダイナミクスは、意味が変わった事実と、変わったことの本質を知らないと理解できないよね。

絵に心が震え、心を表現することを生きがいとし自らも芸術家を目指す、と言った「生きがいの芽生え」がその人の変化の本質ではないだろうか。


人の心の本質は、割り切って理解できるものではない。

きっと、全てが解明されても「心」は解明できないものなのだろう。

だからこそ、「心」というダイナミクスを解き明かす魅力は半端じゃない。


物質と心のダイナミクス