2020年9月8日火曜日

愛着の終着と終わらない価値

僕たちは持ち物に愛着がある。

これは不思議なことだ。

愛着とは必要な機能を越えて、そのものでなければならない意味が生じていることだ。

例えば、スヌーピーに出てくるライナスの毛布は、ずっと持ち歩いているので汚れているけど決して手放せない。

この毛布はわかりやすく皆から共感を得る愛着の姿ではないだろうか。

そして僕たちが愛着をもつのは物だけじゃない。

明日は我が家の家族だった愛犬ルークの20回目の誕生日だ。

もちろん生きていれば、のね。

僕たちが愛着をもつモノ(生物、物質などなど)は永遠にそこにあるわけではない。

僕たちも永遠じゃない。

だから所有や関係としての愛着には終着がある。

しかし思いの中で愛着はずっと僕たちに意味を与え続けてくれる。

さて、時に所有や関係を損得で語る人がいる。

とくに物であれば、”今のうちに売った方が得ですよ”みたいにね。

それも愛着の終着のありかたなのだろう。

今の僕はそれを否定しないだろう。

世の中には合理も大切だ。

僕は僕の中でその価値を終わらせなければ良いのだ。

今夜、僕がルークを想うようにね。


明日が誕生日