2022年7月6日水曜日

僕の人生を巻き戻す転院の道程そして転院からはじまる新たな人生

 丁度一年前の今日、僕は救急搬送され手術を受け入院した築地の聖路加国際病院から東京都リハビリテーション病院(以下東リハ)に転院した。搬送された時はストレッチャーに乗って怒涛の如くER室?集中治療室?に入った何となくも記憶はあるのだけど妻が付き添っていてくれる安心感もあって目を閉じていてあまりよく覚えていないのである。転院に際しては当たり前だけど一度退院することになる。病院を出るときは車いすに乗っての退院になったけど病状に順応していた僕には違和感はあまりなかった。福祉タクシーが迎えにきてくれて、車椅子のまま車に乗り込んで病院を離れた。聖路加国際病院は昔少なからずお世話になっていたし、自宅から会社まで徒歩で出勤していた時少し遠回りして築地界隈も歩いていたので、病院の外は新鮮というよりはどこか懐かしい風景が広がっていた。タクシーはその後、堤通りある東リハへ水戸街道を経由して向かったがその道筋はかつて聖路加で子供が生まれた時僕が当時住んでいた向島の自宅から車を運転した向かった道を逆に辿るものであった。そんなことを思い出していたらかつての住まいだったマンション、子供たちが通っていた小学校、幼稚園の前などを通り、まるで僕の人生を巻き戻すような道程となった、まさかこんなかたちでまた通過することになるとは当時の僕は想像すら出来なかった。色々あったなぁ、今回の病気はその中でも出色の出来事だけど。案外地理的には狭い世界で僕は生きてきたのである。井の中の蛙だよね。僕は世界の広さを知らずして車椅子生活になってしまったという実感が不意に湧き上がってきた。今回の転院も妻の獅子奮迅の働きで短期間で実現できたものであり。障害を負った実感はあったけど、未来に対する不安はほとんど感じていなかった。本当に僕は恵まれている、脳出血をおこしてしまったことは不幸な出来事だったけど。この困難を乗り越えるためのサポートを僕は受けることが出来ているのだからね。車は桜餅で有名な長命寺の前を通過し鐘ヶ淵の東リハ正面入り口に静かに停車した。そこから僕の本格的な新生へのリハビリが始まったのである。