このブログをずっと書いていて良かったなと思うのはこういった病気になって一年前の僕は何を考えていたのかを振り返れることだよね。丁度「1年前書いたのは脳溢血にきをつけなはれ!という記事だった、2年前はそれが人生の目的なのだと書いていた。
ブログは誰でも読める場所に置いているので、日記とはちがう。日記はものすごくプライベートなもので基本他人に見せるものじゃない鍵付きの日記とか昔あったよね、また机の鍵のかかる引き出しに入れて親とかにも見られないように気遣うものである。一方ネットのブログは他人に読んでもらう前提で書くものだ。僕はあまりそのことを意識しないで書く初めてしまったので、今年に入って2月からだったか、芥川賞作家辻仁成さんのオンラインの文書教室にずっと参加していた。他人に読んでもらう文章はどう書くのかという勉強を今更はじめたのである。(ヲイヲイ)病後に書いたものが病気の影響もあってあまりにも酷かったこともあった。病気の記録としては良いのだけどね。文章教室ではいろんなことを学べたけど、前述したような日記と作文とエッセイの違いがわかったことは良かった。さて1年前のブログ記事は他人に読んで欲しいブログであった。それは今回僕が脳溢血という病気になり、その後の後遺症で苦しむ中、少しでも同じような境遇になる人が減って欲しいと思ったからだ。ひょっとしたら僕自身発病を防ぐことが出来たのかもしれないという後悔の念もあった。今思えば2年前のブログに書いたように脳溢血という大病もそして後遺症に向き合うリハビリ生活も生命の危険に近づき病の裏側を知るという人生の冒険の1つであり人生の目的なのかもしれない。脳溢血が人生の目的だと言うときっと変に聞こえるかもしれないけど。僕はこの病気を通じて、生きる事の意味とか愛の形とか友人や仲間そして専門家の有難さと感謝の念、自分の身体に対する感謝、いきがいとやりがいと仕事などなど本当に多くの大切なことを考えた。確かに後遺症で僕は自由に旅して友人に会うことは今はできないけど僕はずっと、心と頭の中で、すでに亡くなっている人も含めて本当に多くの人と一緒に冒険をしているのだ。これが人生の目的でなくてなんだといえるのだろうか。やがて僕は回復して昔のように行動できるようになるだろう。でもそうなったときに今回の出来事を振りかえった時、間違いなく最悪の出来事だったけど、最高の意味ある経験だったと思えるのではないだろうか。1年後の今日のこのブログを読み返すのがちょっと楽しみな朝4なのである。
