さて、自分のまとめは、「対話」という「手触り」を通じて、子供は「ふれあいによる気づき」を、大人は「掘り起こしによる気づき」を得ている、というものです。
同じ「対話」という言葉使っていても、「子供の対話」と「大人の対話」は大きく違っていて自らの実践においては意識して使い分ける必要があるのではないだろうか、という気づきを得ました。
紛らわしいのは、「対話」というアプローチは、概念的には同じです。ゆえに、場のデザインが無いと情緒に流され逆の方法になってしまいそうです。
実践における「対話」は、場に応じてその考え方までも変える必要があるのでしょう。