2014年1月1日水曜日

行列というサイン

初日の出を見に、近所の川岸に出掛けたところ、昨年と少し様子が異なっていました。それは、人の溜まっている場所です。当初、昨年日の出が見られた場所に立って居たものの、そこには誰も集まってきません。少し離れた場所には人が溜まっています。そこで、他の人が溜まっている場所に移動したところ、見事な日の出を拝む事ができました。元の場所に立っていたら日の出の瞬間を見逃していました。

脳には、学習した結果を放棄して新たな可能性を探索する機能が備わっているようです。自分は間違っているかもしれないことを知っているメタ認知や、気分というゆらぎなど、行動を創発する要因は様々ですが、行列は新たな行動を引き起こすわかりやすいスイッチです。

人が集まっている、並んでいる状態が視覚に捉えられると、自然と興味が湧きます。それは、危険を知らせるサインではなく、良いことが待っているかもしれないサインです。

昔、浅草界隈の繁華街では、路上で服地を売っている人が居ました。その露天商をよく見ていると、いつも同じ年配者の男性と女性が生地を触って品定めをしていました。要は、「サクラ(偽客)」です。誰かが品定めをしているとそれに吸引されて真の客が寄ってくるわけです。

逆に、真剣に商品を見ていて、ふと気がつくと、さっきまで誰もいなかったのに、自分の周りに人が集まっている経験は誰しも必ずあると思います。

最近では、ステルスマーケティングと言われる、クチコミやレビューに販売促進を目的とした投稿を行う行為に非難が集まっていますが、他者の行動につられて行動が起こることは、注意・関心・欲求・記憶・行動のAIDMAの法則というよりもっと適応反応的な行動のように思えます。なぜなら、他の人の動きに連れて日の出を見る場所を移動するといった行動は、思考的葛藤とは裏腹に、外部から見ればとてもなめらかな行動だからです。

行列というサインは他人の行動によって行動を創発するための足場なのでしょう。


ほら、見えた!