2017年10月24日火曜日

AI時代の足跡 いかに残すか考えよう

今日、僕たちの日常的な行動はなんらかの形で記録されている。

例えば、お得な気がして使っているポイントカード。

コンビニでおにぎり一個買っても個人特定され、ある消費クラスタにグルーピングされるのだ。

ちなみに、僕は基本、コンビニでお弁当類は買わない。

したがって、僕は「コンビニでお菓子は買うけどお昼や飲料を買わない健康が気になる中年男性」に分類されているのではないかな。

一方、たまに行くファミレスでも同じポイントカードを使っているので、「月に2〜3回来店し、ご飯と一緒にビールやワインを飲む中年夫婦」である。

さらに、このポイントカードが使えるカメラ店でもたまにカメラを買うので「メジャーブランドは買わないマイノリティなカメラ趣味を持つ中年男性」でもある。

そしてこのポイントカードと連携しているWEBサービスではきっと「ニュース好きでオークション下手な中年オヤジ」だ。

このような像は間違いなく僕の一面だ。

しかし、このブログを書き溜めているグーグルにおける僕の像は全く異なっているかもしれない。

ブログだけでなく、グーグルフォトに写真もバックアップしているので、「日頃、あれやこれや考え毎日ブログを書き、ワークショップとかに行く犬好きのおっさん」、と言ったところだろうか。


マーケティングで描かれる僕の一面を僕はなんだか好きになれない。

それは僕の知らないところで描かれ、使われる僕のある姿だからだ。

実はその姿はネットワークの中にしかなくて人が観ることはできない。

人が観ることになるのは、自動的にレコメンドされたプロモーションに反応して「ああ、買っちゃった」となる僕の姿だ。

僕はネットワークの中ではなく、実存する人間だから購買履歴やライフログと言った垢観たいなデータが僕であって欲しくない。


学びのために書き始めたブログだけど、リアルな僕の足跡を残す一つの手段になっていることに気づいた朝なのでした。


リアルな足跡