幹や茎、そこから伸びる枝、葉など目に見える部分とは異なり、地中にあって見えない部分だ。
この目に見えない部分の役割は、地中から水分や養分を取り込み枝、葉、茎そして花や種にそれらを送る役目と、植物が風など環境から圧を受けても倒れない物理的な支えとなる役目を担っている。
僕たちは、土壌、根、幹、枝葉、花、果実、種などを日常的な活動の比喩に使うことが多いけど、具体的でないものも多いだろう。
「根ざす」はその一つだと思う。
植物が育つ環境となる土壌に根を張って、活き活きと育っている状況が「根ざす」ことだけど、動き回る動物は「根っこ」を持たない。
そもそも「根」が無いのだから「根ざす」ことは物理的にできない。
僕たちに「根っこ」が生えてしまったら不自由このうえない。
でも、「根ざす」や「根無し草」のように心や活動が定まる(定まらない)状態に「根」を使うのは、僕たちが常に何らかの拠り所を求めているからではないか。
拠り所を持たないことが動物の強みである一方で拠り所を必要とするのは生き物として「生きる」前提なのかもしれない。
思想、信念、信条、家族、友人、仕事、学問、地域等、生きるうえでの拠り所は僕たちを強くしてくれる。
「根ざす」ということは、単なる拠り所だけでなく、そこから生きる力が湧き出してくる所であることも忘れてはならないだろう。
根っこがあったら飛べない