2017年12月10日日曜日

スタートレックとゴジラに見るリーダー像の違い

日本とアメリカのリーダー像は異なる。

当たり前の話だけど、そんなこと考えながら映画を観ているとよくわかることもあるよね。

例えば、有名なアメリカのSF、スタートレック。

キャプテン(船長)は紛れもなくリーダーだ。

このリーダーは常識を越えながらもクルーを守り、危機を乗り越える。

そして、クルーから更なる信頼を得るのだ。

一方、日本の映画、ゴジラではリーダーは全く異なる描き方をされる。

例えば、首相は国のリーダーだけど、映画の途中で亡くなってしまう。

でも、決まりごと的に代わりのリーダーが出現し国を守る。


要するに、アメリカではリーダーとはユニーク(換え難い)な存在であるのに対して、日本ではオルタナティブ(代替可能)な存在なのだ。


さて、リーダー論やリーダーシップ論は様々ある。

だけど、映画でもすぐに気づくほど、リーダー像とは実はとてもハイコンテクストなものであるように思える。

で、ね。機能やあり方、価値信念だけでリーダー像を語るのはね、あまり現実的でないように思えるね。


ハイコンテクストな世界