2020年4月22日水曜日

文化の替えがたい価値と差別となる障壁

僕は「グリーンブック」と言う映画が好きで時間があるときに録画を観ている。

ちょっと映画のネタバレにもなってしまうけど、著名なピアニストが人種ゆえにレストランでの食事を断られる場面があって、その時の理由が「この地域のルールだから」なのだ。

差別ではなく決まり。

映画の中では、その地域におけるコンテクストに差別が内在しているのだけど、実はコンテクストには「知るものと知らざるもの」の差別性がある。

ハイコンテクスト、ローコンテクストの違いだ。

だから「この地域のルールだから」には差別がてんこ盛りされていることになるよね。


さて、僕たちが保有している文化には、間違いなくハイコンテクストの文脈がある。

つまり文化にはそれまでの背景や暗黙知がもれなく潜んでいるわけだ。

一方、僕たちにとって、異文化に潜んでいるコンテクストに触れたり、知ることは喜びでもある。

文化とは積み重ねられ替えがたい固有の価値とも言い換えられるのかもしれない。

地域の文化だけでなく、現代においては組織における文化もそうだけど、ハイコンテクストが替えがたい価値なのか差別となる障壁なのか、人によって捉え方も異なり、なかなか難しい問題だと思う。


文化?敷居?