2021年2月17日水曜日

「意欲」についての考察

 僕が大学時代に向き合い、今でも抱いている大切なテーマが2つある。

1つはゼミの指導教授だった故青沼吉松教授が語った「プロフェッショナリズムと協働意欲」であり、もう1つは僕の卒論「社会の発展と勤労意欲」だ。

実は最近まであまり気にしていなかったのだけどどちらも「意欲」という言葉が含まれている。

まあ、僕の卒論は限りなく青沼教授の影響を受けているので当たり前なのかもしれない。

さて「意欲」とは何かを積極的に行おうとする心理状態である。

だから協働、勤労だけでなく、活動、達成、挑戦などいろいろな言葉を頭に付け足すことができる。

いっしょに働こう、一生懸命勤めよう、とにかく動こう、必ず達成しよう、とにかくやってみよう、とね。

では、そもそもなぜ僕たちは何かを積極的に行おうとするのだろうか。

僕はそれは「自分が自分であること」または「自分自身に近づいていること」を実感したいからではないかと思う。

言い換えると「生きる意味を求めること」が僕の考える「意欲」だ。

僕たちは生ある限り何がしかの「意欲」を持っている。

しかもそれは僕たちの個性と同じで複雑性、多様性に満ちている。

一人一人、生きる意味は異なるものだろうからきっと「意欲」も人それぞれ、千差万別だよね。

産業組織で構成員が仲間と働くこと、一生懸命勤めること、主体的に活動すること、目標を達成すること、結果を恐れずに踏み出すことなどに生きる意味を感じていたら組織としては理想的かもしれないけど僕たちが感じる「生きる意味」は複雑で多様なことを忘れてはいけない。


多様で複雑