僕たちが思っている自分というのは実は1つじゃない。
そういうのを自己の多義性というのだけれど、表の顔裏の顔とかっていうことじゃなく、いままさにここにある肉体としての自分感覚これが身体的自己という自己認知である、そして、過去から未来へと続くパラパラ漫画のような人生の主人公である自分感覚これが物語的自己という自己認知だ。
そして、僕達が作り出している自分と言う知識はこういった複数の自己認知が、協調し競合し合いながら生成と消滅を繰り返しながら作り出されているのだ。
だから誰もが自分とは何者なのか思い悩むことになるし本当の自分を探したくなるのだ、いろんな自分が居るという感覚が強くなりすぎると、多重人格とかといった統合失調と呼ばれる適応障害になりかねない。しかし統合失調でない限り自分は一人だ。いまここの自分はとても不安定だ、二本足で立つということはととても不安定なことだからね、強い風が吹けばぱたんと倒れかねないだからいまここという身体的自己は常に不安に晒されている、そしてそれゆえ本当の自分を探すのだ安定不変で強風でも転倒しない自分をね。物語り的自己とはいくつもの台風も地震も困難も乗り越えて生きてきた自分という自信である。だから自分のパラパラ漫画を知ることには大きな意味があるのだ.
