2023年11月9日木曜日

エビデンス主義の危うさとは、心を失った世界に未来はこない

 事実や情報は共有できるが、個人の認知は共有出来ない。それゆえ事実であるエビデンス情報こそが重要なのであるという信念が登場するのだけれども、実際、人が生きていくうえで。頼りにしているのは、認知と認知の変化という創発・知識の生成である。生き物はマルチモーダルに環境を知覚し情報化して、知識を創発するが情報は認知のリソース の1つでしかない。エビデンス至上主義に感染してしまうと。生きることの本質である「心」よりもエビデンスを重んじることになりかねない。「心」の持つ大きな役割の一つは。事実ではない状況をつまり未知の未来を想像・創造するという創発機能ではないかと考える。この予測するという機能は生物の生存率を高める重要な機能だが、「心」の存在を意識させる生き物は皆予測する仕草を見せることにも注目したい。危機回避が上手なのだ。危機が訪れるよりも前に危機を察知しているからこそ、いち早く回避できるのだ。逆に、危機でないと察すれば、接近するつまり、絆が結べる。要するに。未来は心が生み出す幻想なのだが、その幻想によって、生き物は逃避したり、絆を結んだりすることが出来るのである。さて、エビデンス主義(科学的唯物論)とは反幻想主義でもある果たしてそこに未来はあるのだろうか?

ベルリオーズ幻想交響曲