2023年11月17日金曜日

場所と言葉、古参のぼやきは蕎麦屋で聞け、

 下町の住人にとって蕎麦屋は気楽な食事処である。さて美味しい蕎麦に舌鼓をうちながら、ゆったりと愉しんでいたら、奥の席に陣取った初老の男性の駄弁が聞こえてきた、どうやら今夜飲み会があるらしいのだけれども、その飲み会は、会社の年配者が若者に説教をする目的があるらしいのだ、親父の小言飲み会、そんなの若い人来るのかなぁ・・・ぼやく中に「近頃のわかいやつらは」なんて今どきシニアが聞いていても恥ずかしくなるような言葉が聞こえてくる。まだそんな言葉を言う遺物みたいな人がいるんだと言うことに驚いたが、そんな古臭い台詞も蕎麦屋だと、おかしく聞こえないのは不思議だ、きっとイタリアンレストランやおしゃれなカフェだったらパスタやピザやカフェラテが不味くなってしまうことだろう。蕎麦屋だと、たぬきそば餅入りのオーダーが入るのと違いないくらい違和感が無い。それは、蕎麦屋は年配者が好んで集う場所であって、古い言葉や考え方が似合うからかもしれない。言葉という認知リソースは私達に様々な認知的変化を生じさせるが、わたしたちは言葉が置かれた場所も、認知リソースとしてマルチモーダルに知識を創発しているのである。だから言葉が置かれる場所はとても重要だ。家庭でも、職場でもサードプレイスでも場は学びに、少なからず影響を与えている。蕎麦屋は古参のぼやきを誘う場なのかもしれない。親父の小言飲み会は蕎麦屋でやらないに限るようだ。