閉塞した現実のなかでも 可能性に満ちた未来を想うことは楽しいことだ、しかし未来の可能性はあくまでも可能性であって、約束されているわけではない。約束の地は無いかもしれないのだ。神様が約束してくれた未来は裏切るかもしれない。それでも、未来に向かって今できることをやることには意味がある。閉塞した現実に染まって、空虚に無意味化することも出来るが、未来に立って今を振り返った時気づくことがある。それは、過去は変えられないということ、いや過去は変わらない、未来は自分を裏切るかもしれないけれど、過去は決して自分を裏切らないということだ、だから、未来のために今頑張った自分は、未来においても、頑張れた自分なのである。そう、褒めてあげたい自分、愛したい自分がそこには必ず居るのだ。戦力外通告と脳出血による身体障害は望んだ未来ではなかったが、発病退職以前の十分に生きた日々は決して、私を裏切らない、今無事に生きているという事は上手くいけば明日も生きているかもしれない。で、あれば、明日の私を裏切らない今を生きる事は、今の私にできる意味あることだ。
