論理的思考(ロジカルシンキング)、水平的思考(ラテラルシンキング)について整理しようと思ったのですが、その前に、そもそも「思考」とは何なのか考えてみました。
言語の定義においてざっくりと言えば「思いを巡らせる精神的活動」となります。
確かに現象はそうなのですがしっくりこないので、もう少し自分なりに以下のように定義してみました。
「思考とは自分以外を見ること」
このように定義した背景ですが、会社のなかの諸活動を見るに、仕事の質を落とすのが論理的思考の反対にある、非論理的思考ではなく、思考の反対にある思考停止であるように感じるからです。
例えば、会議でじっと黙って下を向く、遅れる、腕を組んで目を閉じる、携帯を触る。
大村はまさんは、生徒が顔を上げて考える教室を目指されたそうですが、確かに、会議で下を向いて資料を見ている人って「考えていますよ」というサインを出しているように思います。(自分もそうです)そしてそのようなサインを出すことは、実は本心では思考していないことの現れです。
会議でじっと黙って下を向く = 実は思考停止でアイドリングストップ状態
同様に
遅れる = 幽体離脱みたいにエクトプラズマが流れ出た思考離脱状態
腕を組んで目を閉じる = 思考放棄で3周くらいの周回遅れ
携帯を触る = 思考蒸発で部屋にはネガティブ湿気が充満
そんな行動傾向のある人に、会議を活性化させようと、意見を求めたり、質問したりしてもあまり出てこないことが多いし、出てくる意見は否定的なものであることは経験多し、です。
これらの共通点はすべて「自分以外を見ていないこと」です。視野が外に向って開いていない、とでもいいましょうか・・・
逆に、「自分以外を見ること」によってほんとうに思考が進むのか今後、確かめていきたいと思います。
プレゼンの際に資料を配らず、プロジェクター投影で強制的に顔を上げさせる方法がありますが、ただ、顔を上げただけでも少し違うように感じるのは気のせいではなさそうです。
PCでの仕事に従事する時よりお客さんの所に出向いた時のほうが思考がシャープです。お客さんのところでは、当たり前ですが、下を向いたり目を閉じたり携帯を触ったりしません。
最近、歩きながら考える、散歩ミーティングなど、歩くことと脳の活性の関係が取り上げられています。視野と脳の活性化には関係がありそうだし、視界をコントロールする瞑想と思考(定義した)にもいくつかの共通点を感じています。
確かめる価値はありそうです。
「上を向いて歩こう」とは、究極の思考活性のメソッドかもしれません。
上を向いてのびる大、のびる中、のびる小