2016年12月18日日曜日

映画から見えて来る戦略とバイアス 「パソナリティ特性」の公正さを考える

日曜日の午後、家で映画を観ながら考えていたのだけど、ハリウッドでアカデミー賞にノミネートされるのが白人ばかりだとの問題提起が記憶に新しい中、最近の映画に登場する人物の国籍は非常に多様だ。

特に主役ではないけど出番もセリフもしっかりとあり、ストーリーで重要な役割を果たしている人の国籍にはマーケティング戦略が鮮明に感じられる。

アニメ「ベイマックス」やSF映画「オデッセイ」「スターウォーズ」など、なんだかストーリーよりも設定や登場人物から透けるマーケティングが気になってしまいちょっと気が散ってしまった。

確かにマーケティングを考えれば、世界中のどこでも興行収入を稼げる映画こそが成功作品だし、製作者は皆、成功を目指している。

今や映画作りでは、中国やインドでの成功が前提なのでしょう。

逆に「見た目」がもたらす影響が深刻であることを考えさせられてしまうよね。

「見た目」から「仲間意識」や「差別」が生じるのは映画の世界だけじゃない。

人が認知する情報の80%以上が視覚情報で占められ、しかも瞬間的に見分けるためにはバイアスが大きな機能を果たしている。

そのバイアスを排するために採用で、写真の添付を行わない企業や、そもそもそれを禁止している国もある。

要するに「人は見た目に惑わされる」こと、「見た目とパフォーマンスは無関係である」ことを忘れちゃいけないってことだね。

一方、パフォーマンスを予測するには「パーソナリティ特性」が効果的だ。

なぜなら「パーソナリティ特性」とは、「その人の一貫性」のことだから予測出来て当然とも言える。

人は環境とコヒーレントな関係を作る複雑な存在なので我々が期待する狭さで予測することはできないけど、見た目による偏狭な判断よりもはるかに高い精度が期待できるよね。


見た目が大事なもの