2016年12月25日日曜日

「事件は現場て起きているんだ!」 じゃあ、戦略は誰が考えるの?

「踊る大捜査線」という日本映画の名台詞に「事件は現場で起きているんだ!」というのがある。

これ、日本社会のグローバリズムを考えるうえでとても重要なキーワードなんだ。

対極を成すのが、グローバリズムにおけるルール偏重なのだけど、まずはルールありき、そしてルールが全てだと言わんばかりの現場無視は分かりやすい一方で、日本には向いていないと感じるね。

例えば、有名なコンサルファーム、アクセンチュア(旧アーサーアンダーセンアンドカンパニー)では新入社員に徹底的にフォーマットを学ばせるそうだ。

例えば、企画書の何ページ目はこう書いて・・・みたいにそれは本当にルールありきなんだってさ。

何だか日本の銀行みたいで、自由主義の米国企業というイメージとはかけ離れているよね。


さて、「事件は現場で起きている」という現場の正義は、経営戦略の障害になりかねない。

だって、戦略はと何をやらずに何をやるのか決めることだから、目の前の出来事に囚われる現場の正義と衝突することが少なくない。

稀有の戦略家、日産のゴーンさんがもし現場主第一義だったら改革とV字回復は実現できなかったのじゃないかな。

で、ね。戦略と現場の間を繋ぐのが優秀なマネジメントということになるけど、その要件を備えた人材がいかに少ないかは想像するまでもないでしょう。

さらには、叶う人材はどんどん経営側に行ってしまう。

経営に優秀な人材が居ない企業には不幸な結論しか待っていないからね。

そして、マネジャーは常に人材不足っていうことだ。

結局、マネジメントを常に排出し続けるためにはちょっとしたポテンシャルも見逃すわけにはいかない。

結果を待って選ぶほど余裕がなければ、結果が出ていない人に期待を持つしかないでしょ?

そのことを理解している企業は少なくないけど、そのことを考えるマネジメントは自分もその淘汰に身を委ねているからちょっとおかしなことになっている印象もあるのだ。

もしあなたが自分を秤に乗せて量目が不足していることを知ったらどうします?

経営がそのことを慮って適切な支援をしない限り、マネジャーの苦悩が晴れることはないのだろうね。


メリクリ!