2019年6月20日木曜日

志望動機と平等性 切ない夜の想い

今日は、東京オリンピックの当選発表日だった。

僕は、落選だった。

記念エントリーだったので落胆はしていない。

一方、すごく気持ちを込めていた人も落選した。

そしてかなり落胆していた。

その様子を見て、僕はとても切ない気持ちになったのだ。

なぜなら、その人は申し込みの方法からどの競技を見にいくかなどずっと多くを語って致し、それで僕も申し込みの方法を理解したようなものだからね。

もし、志望動機を測る装置があれば、100点満点で僕は30点くらいでその人は90点くらいじゃないだろうか。

口にする頻度、その密度で測ればもっと差があるかもしれない。

残念なことにその人が落選したということは、真の志望動機を測る装置はないのだろう。

さて、就活でも同じようなことが起きているのかもしれない。

述べ1時間に満たないなか、面接で真の志望動機を測ることはかなり難しいだろう。

これが3年間一緒に過ごしていれば話は別だけどね。

で、ね。抽選みたいな平等メソッドってどこか不平等なのかもしれないね。


誰がときめく?