2019年6月9日日曜日

これが人生、わたしの人生

日曜日の夜になった。

先週の振り返りをしてみよう。

ざっと振り返ると覚悟をもってむかえた1週間であったが、結果は思った通りにはならなかった。

改めてブログのタイトルと結びの一文を眺めて、キーワードを並べてみる。

すると「人生」「もやもや」「間抜け」「手探り」「あきらめ」「奇想天外」となる。

(月)LIFE! 人生はマラソンだ!
でも、きっとそれは、誰かに見せるためじゃなく、僕自身が見たいからなのだよね、きっと。

(火)「もやもや」からの脱出? スピーディに踏ん切りをつけよう
で、ね。「もやもや」するのは何かを生み出したり、学んだりする素地だから大事だけど、そこからの大胆な切り替えが大切だと僕は思うね。

(水)僕たちは「間抜けな世界の住人」かもしれない
そんな様を振り返ると、何だか僕たちは「間抜けな世界の住人」なんじゃないかな、と思うわけです。

(木)手探りで確かめる用心深さの奥底にあるもの
だから、用心深く確かめる人の心持ちを軽んじてはいけないよね。

(金)あきらめの等価交換? 学びの錬金術を考える
で、ね。それがいつでもできるようになれば、きっと僕は錬金術師のように日常から「金」を生み出せるようになるのかもしれないね。

(土)迷走と奇想天外の違いを考える
で、ね。目的がぶれなければ様々な経験は奇想天外な経験になるし、目的がぶれてしまうと様々な経験は迷走している状態と言えるのだろうね。

なんだか大仰だね。

きっと、「誰かのせい」にしたいこともあるのだけど、僕自身には大きな責任があって、それは僕の人生への責任ということだ。

どうやら僕は、1週間を「人生とは」くらいの視座から俯瞰することで過ごしていたらしい。

この俯瞰がよいのか悪いのかわからないけど、「誰かのせい」ではなく「自分の人生」であることを見失いたくないのかもしれない。


僕の人生はどこ?