最初から、あきらめていたのだけど、別の件があきらめモードになってあきらめなくて良くなったのだ。
そこでふと考えたのだけど、僕たちは選択的に経験を積んで学ぶ生き物だ。
物理的に同時に別の場所に存在することはできないからね。
つまり、常に何かを得るためには何かを犠牲にしている、ということ。
例えば、学校に行けば、社会で学ぶ機会を犠牲にすることになるし、その逆も然りだ。
もちろん、時間をうまく配分して、平日は仕事、休日は学校で学ぶこともできる。
でも、それは正確に言えば「同じ時期」であって「同時」じゃない。
さて、今日の等価交換で得た学びは何だったのだろうか。
自画持参にはだいぶ遅れて行ったので参加せず、傍観していた。
「令和」というテーマをそれこそぼーっと考えて見たり、参加者がスピーチしたり対話したりする様を見て頭の中に問いを起こしたり、ちょこっと口を挟んで見たりと、ビールを飲んで大好きなミートソースを食べながらゆったりとしていたのだ。
改めて、学びを問うと、傍観しながらも、改めて、あきらめモードの件を振り返っていたように思う。
そして、まだまだ自分のモチベーションを高めることができることに気づいたのだ。
もし、あきらめモードになっていなければ、きっと、そんな時間は過ごしていないし、疲弊した頭と肉体で摩滅していたかもしれない。
そして、物理的に別の場所に存在できなくても、同時に想いを馳せることはできることにも気づけた。
で、ね。それがいつでもできるようになれば、きっと僕は錬金術師のように日常から「金」を生み出せるようになるのかもしれないね。
雨の日に青空を想う