一方、他人のことは案外素早く見抜いていたりする。
例えば、本人はいろいろな経験を積もうと行動しているけど、他者からは迷走しているように見えることがあるよね。
まあ、どっちが大事かと言えば、当然本人なのだろうけど、周囲は「大丈夫かなぁ・・・」と思ってしまう。
そう、丁度、酔っ払った人を見ている素面の人、みたいにね。
本人は気持ち良いかもしれないけど、周囲からは危なっかしい。
最近問題になっている高齢者の運転もそんな感じかもしれない。
さて、素面で目的地に行こうと思っても、思いがけない出来事で行く手を阻まれ回り道をすることがある。
道路工事とかね。
そういう時こそ学びのチャンスだ。
新しい道を発見する回り道だから。
さて、キャリア理論には「計画的偶発性」というのがあって、パフォーマンスの高い人は思ってもいなかった仕事経験をしているそうだ。
そう言えば、僕は今の会社に「人と組織」をテーマに入社したのだけど、配属されたのはマーケティング事業でテーマが「モノとコト」になってしまった。
まあ、奇想天外な話である。
今でも笑い話としてよく人に聞かせるのだけど、考えてみれば、僕がデータサイエンスを行えるのは、このマーケティング事業のおかげだ。
そして、「人と組織」でもこのデータサイエンスを活用しているのだけど、もし、僕が「人と組織」の事業に配属されていたら、データサイエンスは学べなかったかもしれない。
つまり、僕にも計画的偶発性の恩恵がしっかりあるのだ。
で、ね。目的がぶれなければ様々な経験は奇想天外な経験になるし、目的がぶれてしまうと様々な経験は迷走している状態と言えるのだろうね。
これも恩恵
