僕のこの世界は僕の主観で成り立っている。客観的に見てと言われても僕が見ている世界は僕の主観でしかない。そして、世界は皆の主観の総合体として存在しているわけで。客観的実体がそこにあるわけではないなぜなら全ての人の主観を知ることはできないことだから、実は世界が存在していることを実証することはできないのだ。ではこの世界が夢ではないとなぜ言えるのだろうか。それぞれの主観の中に世界は間違いなく存在していることも僕たちは知っている。僕たちが世界について考えたときそこに世界が出現するのだ、つまり世界とは思考の賜物なのである。これに類するものは世の中に沢山ある。例えば幸福もそう。客観的な幸福があるわけではなくて幸福と感じる主観があるだけだ、その主観で社会が満たされれば世の中が幸福であるとなるわけで、安全とか安心なども同じだよね。僕は今回脳卒中になって左半身に麻痺が出て。安全、安心が大きく変わった。世の中の安全安心が変わったわけではなく。僕の主観が変わっただけなのだ。逆の見方をすれば主観を変えることができれば世界は変わることなる。最悪の出来事も最高の体験にすることができるのだ。正解のないものに主観で答えを創造し、体験や経験に意味を与えて生きる意味に近づくことで最高の体験が生まれるはずだ。。