2022年1月26日水曜日

あの頃の気分

 昨日NHKアナザーストーリーズはあしたのジョーだった。僕は子供の頃テレビ漫画を欠かさず観ていた記憶がある、巨人の星も同じようなじきだったけど僕は野球も巨人もそれほど好きじゃなかったのか、「あしたのジョー派であったように思う僕は育ち的にジョーのような苦難の経験は全くない絵に書いたような中流の家庭で成長期にあった社会経済の恩恵を十分に受けていた要するに苦労知らずである。そんな僕がなぜジョーに惹かれたのかと言えば、とにかく格好良かったのである。纏っているオーラがね。番組を観ていて気付いたのはあしたのジョーが生まれて連載されていたのは1968年~1970年頃学生運動が大きな潮流となっていた時代背景があったのだね。僕はきっと体制派の安心な環境から当時の騒乱をながめていたのだ、そうまさい漫画あしたのジョーを観るようにね。j時代の暗い影みたいなものは怖い別世界の出来事のようだったね。それはひょっとしたら巨人の星も同じだったのかもしれない。さて、僕が先日書き写した大学時代の師の本のはしがきは1968年1月30日であった、


そう考える。と大企業の組織と人の問題に師が目を向けていたのはまさに当時の時代背景が大きかったのかもしれないし、大学時代に僕がそこに興味をひかれたのは、あしたのじょーや学生運動を多感な頃に眺めてきたせいなのかもしれないね。体制側の恩恵を十分に受けているにも関わらずどこかで反体制、自由であることへ価値を持ちたい自分が居たのかもしれないそういった気分性は今でも僕の中に間違いなく潜んでいる僕の好きな映画や番組そして、音楽を考えるにコンサバな価値観というより何処かリベラルで個が尊重される匂いがするものだ、弱者が強者に打ち勝つストーリーはなぜか僕の感性にフィットする。時に僕の中ある、劣等意識と共鳴してそれを浄化(カタルシス)する役割もはたしているのだ。だから僕が組織と人間と言う時に組織は強く個人は弱いと言うアンコンシャスバイアスが掛かっているかもしれない。しかしこれは組織観として正しくないだろう。だから僕は組織と人間のより良い関係性の実態を知っていきたいしそこに至る過程を可視化したいと願うのだ、あしたのジョーの美学抜きでね。