僕は今回長期の入院リハビリを行い退院してからもリハビリを継続しているそして、リハビリは専門の教育を受けた療法士が行う評価、仮説、介入、考察の一連の流れであることを知ることが出来た、恐らくこれは臨床の現場に共通している流れだと思う、だから人材育成や人材開発の現場でも同様だよね、これは僕の実感なんだけど、これまでの知見を通して、状態の評価無く定説を通じて介入が始まる場合がある。例えば僕は左脚に麻痺が出て。歩行が困難になった、左脚に力が入らなくなったのだ、僕固有の症状が他にも出ていないのか確かめるのが正しい状態の評価だよね、そこで、ぼくの現状に対する仮説が生まれて、どう介入するのが良いのかうまれてくる、しかし左脚の麻痺であれば麻痺した左脚にしっかりと体重を乗せても支えられるように介入するのが良いという定説がすでにあって、介入ありきになると、評価と仮説がおろそかになる。ナレッジからのアプローチが必ず悪いというわけではないけれど、介入の選択肢がより多くあることが、リハビリでは重要だと聞いた。臨床においては、ひとりひとりの状態は皆違うものだから、最適な介入を行うことが大事なんだよね。そのうえで介入した結果が最適であったかどうかを検証することはもっと大事だ、療法士などの支援者は介入するのが役目だけど介入ありきだと、時に不適切な介入になりかねない。ぼくはそれでえらい目にあった僕の脚の能力を評価せずに筋力アップや関節の可動域を広げるための介入を受け僕の左脚筋肉は筋疲労をおこして歩けなくなったのだ。僕はその経験を通じて同じようなことが人材育成でもおきているのかもしれないと考えた、例えば人材のコミュニケーション力を高めるためにコミュニケーション研修を受講させたとしても、本当の問題はコミュニケーション力でなくモチベーションだったり、パーソナリティであ可能性もある。僕の体験からも不適切な介入は百害あって一利なしだ、正しい仮説を立てていなければ介入した結果の検証も当然出来ない。検証を疎かにするということは仮説が無い証ともいえるだろう。良く人材育成においては効果検証が難しいといわれるけど、ひょっとしたら、それは、検証するための仮説と仮説を導くための現状の把握がちゃんと出来ていないからなのかもしれないね、