今ここの自分には2種類ある、手足があって自分が所有するの身体だと感じる身体的自己と過去から様々な経験を積んでここに至る物語的自己である。いずれも他者が代わりに所有することは出来ない先駆である。自己の特徴は、所有感と連続的同一感である。しかしこれは心が作り出しているものでもある。脳疾患や精神疾患(身体の欠損感覚や多重人格、解離性人格障害など)によってこれら2つの感覚は損なわれることが知られている。要するにいまここにいる自分は心が作り出す像であって、実像なのか虚像なのか常に揺らいでいるのである。故に、自己像に過度に執着する必要も、嫌悪する必要も無いのだ。いまここにいる自分はたまたまここにいるだけかもしれないし、ここにいるじぶんこそが自分であると受容し承認してあげるべき存在なのかも知れない。要するにいまここにいる自分とは、揺らいでいる認知が必要な存在である、ということなのだ。
