以前、非認知能力って何だ?奇妙奇天烈なアブダクション。という記事を書いたが
経済学では、学力テストや IQ テストで測ることができるものを「認知能力」、性格的な特徴や人格を「非認知能力」と呼び、分析の対象にしています。
日本では、認知能力が将来の学歴や就業、所得との関連が強いと考えられているので、“偏差値”で計測される学力が重視される傾向があります。一方経済学は、認知能力が、学校を卒業した後の人生の成功のほんの一部しか説明できないことを明らかにしてきました。例えば、個人の学力テストの成績の変動は、個人の賃金の変動の17%しか説明することができないと主張する研究があります。つまり、経済学者の探求は、将来の成果を説明できる、認知能力以外の「何か」を突き止めようとしたところから始まり、それを一言で言い表そうとして「非認知能力」という言葉が生まれたのではないかと考えられます。ということである。慶應義塾大学 中室牧子氏実際筆者は、網羅性の高い性格特性項目で企業で活躍する人材の分析を数万人数百に件に渡り行ってきたが、かなり説明率が高かった。非認知能力というネーミングはちょっとセンス悪いと思うのだけれども、その言わんとしていることは極めて正しいのだ、実際、多くの企業が採用時にあまり学力テストの結果を用いていない。仕事での活躍は学力じゃないことは産業界ではよく知られた事実なのだ。さて、非認知能力は先天的なものではなく後天的なものである、大谷翔平選手、山中伸弥教授などを見ればよくわかる、後天的すなわち学習や習慣によって獲得されるものなのである。しかし、学力で測られる学習とは異なり、座学ではなく経験によって身体知として獲得されるものである、経験と学習の関係で言えばコルブの経験学習が有名であるが、学習には、タコも備えている生き物の本能的な知性、観察学習も非常に有効である、要するに、非認知能力は座学ではなく、経験学習、観察学習によって、身体知化されるものなのであるが、それらのさらに上位にあるのが、アンラーニング(学習棄却ではなく学びほぐし)である。身体知化された知識を学びほぐし(解体)しながら新しいものに変化(熟成)させていく過程である。非認知能力はこうして、ミルフィーユのように多層化することで包摂的に未知の困難な状況においても、それをを乗り越える知識を創発していくのである。
