2013年11月20日水曜日

組み合わせという偶有性

ワークショップでたまたま一緒になった、仕事でプロジェクトにアサインされた、上司として部下を持つことになったなどなど、他人といっしょに何かすることは日常的です。

「他人と一緒に行うこと」には共通するものがあります。

それは”モクテキ”です。

「集まる」ということは何がしかの”モクテキ”がそこにあるのですが、集まっている人の真の”モクテキ”が同じかというとそうではありません。嫌々集っている人も居れば、個人的な”モクテキ”のために集まる人もいます。会社では事業”モクテキ”のために集まっているはずですが、マネジャーは、”モクテキ”を共有するのにいつも多くの時間を掛け、そして苦労しています。

一方、”モクテキ”を果たすために集まった人たちは次第に役割を決めはじめます。つまりみんなの”モクテキ”をそれぞれの”モクテキ”に分割するのです。それぞれの”モクテキ”が個人レベルまで分解されると個人に問われるのはその”モクテキ”を果たすのに最適であるかどうかです。そして、多くの場合、おそらく最適であろう人に”モクテキ”が託されるのですが、気がつくと大きな”モクテキ”に遅々として向かっていないことに気がついたり、思った以上に”モクテキ”に向かっていたり、そして新たな”モクテキ”が生まれたりといろいろな場面に遭遇することになります。

他人と一緒に行うことによって生まれる組み合わせとその結果に潜む偶有性は気づきや学びの宝庫です。


組み合わせはアート