2013年11月25日月曜日

パフォーマンスに向けた他人の変え方

組織を運営していると、パフォーマンスを高めさせるために「あいつはどうしたら変わるのだろうか」と思うことが多く有ります。違う角度から語ると「あいつはなぜ変わらないのだろうか」と思索することが多くなります。

一方で、「ほめ言葉のシャワー」で有名な菊池省三先生や「奇跡の教室」のエチ先生など、教育において大きな成長を促している実践者が多くいらっしゃいます。もちろん、職場でも他者を成長させる実践者は多く存在することと思いますが、実践者のアプローチには何らかの共通性や本質性が隠されているように思えてなりません。

さて、菊池省三先生は、以前の講演で同じ学校のとなりの学級の先生に関して少し言及されていました。とても真面目に貢献心強く学級に向き合っていらっしゃったにも関わらず、卒業前の生徒の感想文には、クラスが辛く、早く卒業したいという記述があったそうです。一方で、菊池先生の生徒は、自信と希望が伺える内容だったそうです。

このエピソードにはとても深い示唆があると考えています。

まずは、「変わるケースと変わらないケースがある」ということ。これは、関わる者にとっての希望と絶望が同居していることを意味します。

次に、「生徒に響くものと響かないものがある」ということ。これは、楽器が共鳴して音を鳴らすようなものでしょう。自らの波長と相手の持っている波長が合うと響き、合わないと響かないということであり、自らが鳴れば必ず響くという絶対性ではなくて、響きあう相互性が大切であることがわかります。

また、社会人になると、響いていないのに表面的に響いたような偽装もあるので実感として困難さが増しているのではないか?とも思えます。

経験として、「本心では共感していないよな・・・」との印象がある場合、後々、その人物が変わったと感じることはまずありません。

結局、他人を変えるには、自分自身を変える、および自分の関わり方を変えれば良いのですが、「相互性」という深い謎がそこには横たわっています。



バッタ、バッタ とはいきませぬ