僕たちはいま、情報技術のめざましい進歩の中に居る。
ここ10年、20年の変化を考えると、この先10年後、20年後には僕たちの想像を超えてしまうのかもしれないね。
「シンギュラリティ」という技術進歩の特異点の先に待っているのはどんな世界なのだろう。
さて、シンギュラリティは2045年と予測されているけど、あと25年たたなくても僕たちの記憶力や計算能力はスマートフォンにすら叶わない。
コンピュータは決められた計算をとても速く正確に、そして休むことなく処理できるのだ。
その象徴は「スーパーコンピュータ富岳」だろう。
しかし、いまのところコンピュータにできないことは明白だ。
1つは自ら電源を確保することができない。
そしてもう1つは意味を理解することができない。
つまり、人の力が無ければ役立つことができないのだ。
「人間は農業革命で小麦の奴隷となった」(サピエンス全史)という考え方があるけど、農作物は光合成と種を保存する意味を知っている。
コンピューターにはそれができず、人間の道具でしかない。
にもかかわらず、今や多くの人がコンピュータの奴隷のごとく振舞っている。
でもコンピュータは自律していないのだから、僕たちは情報技術を通じて誰かの奴隷になってしまったのかもしれない。
サイバーテロはわかりやすい例だろうし、ネットゲームもそうだよね。
きっと、今もそしてこれからも僕たちに残されているのは、自律し意味をうみだすことだけなのだろう。
残されるもの