2021年5月5日水曜日

僕が「生きがい」と「やりがい」を区別するわけ

 僕は「生きがい」と言えば「人生」を、「やりがい」と言えば「仕事」を思い浮かべる。

もちろん、そうではない人もたくさんいるだろう。

「仕事」に「生きがい」を感じている人とかね。

Wikipediaで調べると「甲斐」とは「努力した効果や、期待できるだけの値うちという意味の語」だから「あー、頑張って良かったなぁ」とか「きっと、もっと良くなるぞ」という実感が伴う状態だ。


さて、生き方はいろいろあるけど「生きる」ことには受け入れざるを得ないことが少なからずある。

一方、「仕事」で働くことの多くは能動的な行為だ。

言い換えるなら、「他人の人生を歩むことはできないけど仕事は選ぶことはできる」。

僕はきっと、僕が僕である必然と僕の中の自由意志を立て分けたいのだろう。

「仕事」では「働きがい」というのもあるのだけど、僕にはすごく同調圧力を感じてしまう言葉である。

では、もし僕が「生きがい」と「やりがい」を一緒にするとどうなるのだろうか。

それはきっと僕であるための最善の自由意志のことなのだけど、僕には何が最善なのかを知ることができない。

「良さそう」はあっても誰にとっても「これが一番」を知る由はないからね。


跳んでみる自由