話を聞かない男と地図が詠めない女?一時よく売れた本である。その後、男性脳女性脳という説がまことしやかに語られるようになったがMRIによる検証では男性と女性の脳違いは無かった。ことが明らかになっている。要は、男性と女性は違うのだと社会はしたかったのだ、もちろん生物学的な身体機能の違いは明確である。ゆえに、認知が身体的知性であるとすれば、男性の創発と女性の創発に違いがあっても、不思議ではない。認知的変化の性差の原因をを脳の構造起因するものだと類推することはさもありなんなのだけれども、そういった、生得的な機能に原因を求めるというアブダクションが性差別の根底によこたわっていることを忘れるべきではないだろう。構造的差異が優劣の根拠とされてしまうことは、第2次世界大戦のドイツが行ったアーリア人種の優位といった差別主義の温床になっていくから、厳に憎むべき素朴理論なのである。それを乗り越えるためにはこの素朴理論が立脚する社会的文脈を認知することが出発点であろう、それは、事実の前提を疑うという探求の態度、本当の事実を知ろうとする態度から生まれるものである。
