一方、仕事を身につけるなかで学び、適応することで後天的に保有する特性もあるようです。
特に、視野と思考に関しては特性のなかでも可塑性高く、状況に適応しますが、適応が進むと習慣化して無意識のうちに物を見て、考えているようになります。
これは、就職して久しぶりに大学の同期生と逢った時に感じる違和感や、転職前の職場の同僚などとの再会で感じる仕事の染み込み具合などで確認することが出来ます。
例えば、システム開発において「目的」と言えば決められた通りにシステムが動作することですが、開発したシステムを使う側にとっての「目的」は、システムを使って「こと」を為すことです。
ですから、システム開発がアフォードするものは開発者が「システムが動作する状態」であって、一方、ユーザーは「やりたいことの仕組化」となってしまうのです。
このことは頭で考えるより実際の方が遥かに断絶が感じられます。
ユーザー:「こういうことがしたい」
開発者 :「じゃあ、具体的にそれを形にしてください」
ユーザー:「え、それってそっちの仕事じゃないの?」
開発者 :「開発できるものを準備してもらわないとできません」
ユーザー:「・・・」
ユーザー目線を持った開発者であったり、開発者目線を持ったユーザーでない限り、行き違いが延々と続くわけですが、さらに職種による性格傾向の違いもありますからお互いに大きなストレスを感じます。
このようなアフォーダンスの違いによる行き違いは、事業会社とコンサル、住宅購入希望者と金融機関などなど、様々な場面でこれまでも、そしてこれからも見られて行くでしょう。「就職」という同じ環境から得ている意味が異なっている大学生と企業の採用担当者などもそうだと思います。
同じ環境でも意味が異なるうえにそもそも気が合わない人と場を持つことを「多様性」と言いますが、壁を乗り越えるためには自らの職種への強い信念と他の職種への造詣の深さが必要です。
意識じゃなくて意味が違う