2017年5月5日金曜日

偽ニュースは社会を変える触媒なのかも知れない

フランスの大統領選挙が大詰めだね。

マクロン氏とルペン氏の一騎打ちになっているのだけど、どうも形勢はマクロン氏が有利らしい。

そんな状況で流れて来たのが、「ルペン氏、偽ニュースも利用=挽回に必死―仏大統領選」という本当のニュースだ。

トランプ氏が大統領選で偽ニュース("Fake news")を乱発して、結果勝ってしまったことから自分に都合の悪いことをなんでも偽ニュースにしてしまったり、相手を陥れいるために偽ニュースを用いる勢いは衰えることを知らない。

さて、かつては偽の情報を見分けるリテラシーが大切だと考えられているけど、今日の状況を鑑みると、偽の情報よりも、偽の情報が都合よく使われる場面を正しく判断することの方が重要であるようだ。

でも、ひょっとしたらこれは正しいことなのかも知れない。

これまで、報道されるニュースは正しいものと盲目的に信じることで、多くの冤罪や歴史の歪曲が生み出されてきたからだ。

情報は基本的に「本当かどうかわからない」ものであり、その情報により誰が得して誰が損するのか、ゲーム理論のように利得関係を頭の中で整理して判断する。

それは、誰かが作った世界でなく、自分が作る世界だ。

ただ、人は自分だけの世界で生きていくことはできない、社会的な存在だからネットワークを築いていく必要がある。

これから求められるのはネットワークに参加するのでなく、自らネットワークを作ることだ。

結果として、偽ニュースは、これまでの社会関係を主体的ネットワークへの転換を促進する触媒みたいな働きをするのかも知れない。


世界を再構築する