2017年8月13日日曜日

「縦割り」という視野狭窄に気をつけよう

僕が生まれ育った浅草橋は鳥越神社が近くにある。

鳥越神社は小さな都会の神社なのだけど、神輿は大きく重い、千貫神輿が自慢だ。

僕はこの神輿を担いだことはないけど、多くの担ぎ手が道いっぱいになって神輿を担ぐ様はとても強く記憶に残っている。

その後、会社が浅草にあり、向島に住んでいた時は浅草寺の三社祭が身近な大きな祭りだったけどやはり神輿は鳥越神社の千貫神輿が凄いなぁと思ったものだった。

さて、今日、今の住まいの氏神さまである富岡八幡宮の深川八幡祭りを見てきた。

実は、今の住まいは、富岡八幡宮と神田明神のちょうど境にあって、当初、氏神さまは神田明神だと思っていたので実は、富岡八幡宮だと知ってちょっと驚いた経緯がある。

神田明神が氏神さまだと信じていた時は富岡八幡宮のお祭りがどのようなものかほどんど知らなかったし、鳥越のお祭りに行っていた時は富岡八幡宮も知らなかったと思う。

深川八幡祭りでは、氏子の町内会が繰り出す神輿が富岡八幡宮に集まるのだけど、沿道からものすごい勢いで水が掛けられる。

その様は、花火よりも弾けている。

でもそれを知ったのは、氏子になってからだ。

祭りになると町内に〆縄が張られる。

それは、社会や生活を割る象徴にも思える。

観光客という外様でなく、当事者としてよその祭りに参加するためには何が必要なのか、考えると縦割りから抜け出す方法が見えて来るのかもしれない。


水かけ