2017年8月28日月曜日

かつてのメモで連想ゲーム 正解はあるか

僕は自分の使いかけのメモ帳を開くと意外な発見をする。

字を書くのはあまり早くないので僕のメモは大体判別不能だけど、それでも四角で囲ったワードはメモを取った時に重要だったことはわかる。

この重要ワードを繋いで行くとなんとなくメモを取った時の状況が思い起こされる。

そんな細切れのインデックスを繋いで行くとたまに芋づる式に記憶も掘り起こされたりするのだけど、「あー、あの時はそんなことが大事だと思ったんだ」と感慨に浸ることも珍しくない。

なんだか恥ずかしかったり、感心したり、成長のなさにがっかりしたりと浸った後の感情は様々なのだけど、案外、メモを取った時の重要性や関心と思い出は一致していないのかもしれない。

文章や写真が記憶をかなり正確に思い起こさせるのに比べてメモはかなり曖昧だ。

忘れてしまうようなことは大切なことじゃないからメモは取らない、と言う人の話を聞いたこともあるけど、「愛」とか「待っている」みたいにシンプルな状態以外の大切なことを数文字だけで表現するのはやはり困難だよね。

例えば、昨日、いぬと散歩した時に通ったカフェの店頭に大きなスプーンとフォークがあったのだけど、「大きいスプーン」「大きいフォーク」「いぬ」では、写真を撮った時の動機は表現できない。

もしメモをして、3年後の僕がそれを見た時、僕はどんな連想をするのだろうか。

ちょっとメモ帳に残してみたくなった。


これはいい写真になる!と感じたのだ