2022年4月21日木曜日

資源化する人間

人材という言い方が一般化しているけど人間は材木ではない、木だって切り倒されるまでは、一つの尊厳ある生命なのだ。ところが人間は切り倒されるまでもなく材つまり資源にされてしまい尊厳を失う今ウクライナでは悲劇が起きているけど、ロシアのプーチンにとってウクライナの人は尊厳のある命ではなく消費可能な資源なのである。だから自分の目的のためにどう最適化しても良いのである。ではなぜ尊厳の在る生命が最適化可能な材となってしまうのだろうか、そこには工業化と都市化が大きな影響を与えている、工業化は人間に技術的世界観言い換えれば科学的唯物論を植え付けた。技術的世界観は見えるものすべてを最適化可能な資源と考え最適化に向けて人間を駆り立てる。アマゾンの熱帯雨林を猛烈な勢いで破壊するのをみればわかるけど資源化して狂ったように収奪争いを繰り広げるのだ。そして人間に対しては、生産性と効率化という正義のもとに、地方の地域コミュニティを破壊して都市に人を集めた都市化である。産業組織は生産性を高めるために組織と言う協働形態を整え資源とみなす人を集積したのだ。人は社会的存在であるためには文化的経済的基盤が必要である。そこで組織には疑似コミュニティの要素と報酬がセットされた。一方産業組織にとっての正義に関しては、生産性の向上は組織への帰属を強化し。組織からの村八分(就業規則)の不安と組織内で他者と比較されること(評価)差がつくこと(給与、等級)で生じる不安を刺激してやる気を引き出す仕組みを制度化して生産性向上への献身を正当化したのである。もはやそこには誰もが幸福を享受するべき尊厳としての人ではなく手段であり資源としての人しかいないアマゾンの熱帯雨林が消失するのも日本の地方地域集落がどんどん衰退するのも人材ITビジネスが林立して人間の資源化が爆走するのも実は同じ根を持つ現象なのではないだろうかと僕は考えているひょっとしたらロシアのウクライナ侵略戦争もね。