脳卒中で倒れる前僕は会社役員の退任が決まってこれまでの人生とこれからの人生について思いを巡らせていた生きがいは何かやりがいは何かといったことについてね。そんな中で倒れてこれからの人生がこれまでのようには送れないことをいきなり突きつけられたわけだけど、それによって僕はさらにこれからの生き方を考えるようになった。しかし考えすぎてまた出血でも起こしたら最悪だからゆっくりと考えすぎないようにね。僕は病院に持ち込んだスケッチブックに僕の人生年表を描き起こして眺めてみたそこから見えてきたのは僕の生きがいとやりがいだ、僕は生きがいややりがいとは同時進行的に進む様々な人生イベントの中で、その時最もマインドシェアが高いものだと考えている。それ故他のイベントよりも優先的に取り組んでいるからあとから眺めればすぐに見えてくる。生きがいは生きていく上での最優先事項、やりがいは主に仕事における最優先事項だ、ときにやりがいが生きがいになることもあるけどその逆は無かった。しかし脳卒中とその後遺症にある今、生きがいをやりがいにする必要があるのかもしれない、それは生きるために最優先にすることを仕事にするということである。僕が社会で生きるということは文化的及び経済的に価値的な存在となることを意味する。そのために僕は何を成すべきか。退任後僕は寝ても覚めてもずっと考え続けて来た。文化的経済的価値を生み出すには事業の形で問うのが一番わかり易い。それはとてもやりがいのあることである。しかし事業運営はとてもハードだこの身体とメンタリティで僕はそのハードさに果たして耐えられるだろうか。でも、そのようなことを色々考えれば考えるほどやってみたい思いが強くなる、神様は病気によって僕の左半身の運動機能を召し上げていかれたけど、思考する力と思いを持つ力を残し給うた。それは僕が生きること生きていることにきっと意味を与えてくれるものである、僕は神様が僕に残し給うた能力を使って、日々リハビリに取り組み、生きがいになるやりがいを事業として構想しているのだ、基本的なコンセプトは思いを紡いで見出すことがすぐにできた、あとは社会実装するスキームを構想して組み立てるのだ。
