2014年3月15日土曜日

人の本質という中心化傾向

人は自分を中心に物事を認知し、思考し行動しています。ゆえに、その人なりに個性があり、人の本質を理解することが大切であると考えられます。

でも、ほんとうにそのような「人の本質」ってあるのでしょうか?ちょっと考えてみます。

動物や昆虫には「脳」があります。脳を持つ生物にとって脳をその生物の中心と捉えることは一見、合理的ですが、生物は必ず空間的、時間的環境の中で存在することを考えると、その世界の中心に「脳」があると考えることは、思考が生み出す顕著な「自己中心化」です。

自分を取り巻く世界も含めて自己の「存在」を考えると「脳」の働きとは、自分と世界を繋ぐ連結器のような役割であって「存在」の本質とは思えません。脳科学の進歩は、脳がいかに偉大な機構であるかということより、いかに「なめらかな存在」であるかということを明らかにしているように感じます。

組織のおける自分と、家庭における自分。管理職としての自分と、夫としての自分。

環境と相互的な「存在」の本質は、世界と一体になって語られるものであり、世界から人だけを切り出すことはナンセンスです。

ゆえに、思考という脳の働きにおいて作り出される「人の本質」というイメージに囚われるべきではないと考えます。


「存在」すること