2014年4月17日木曜日

ビッグデータ化が人の心を見えなくする

アマゾン、グーグルを始めとするインターネットサービスの普及と蓄積されるデータの活用がトレンドとなる中、ビッグデータから見えてくるものについて考えてみたいと思います。

まず、アマゾンの購買データから見えてくるのは同時購買などの消費行動を通した顧客の類型化と行動の予期です。行動の予期に関しては様々なモデリングがありますが、それらを実際に施策投入して効果検証を行うことで消費モデルの精度向上と売上げの向上をリンクさせることが分析の目的です。

アマゾンのデータが購買中心の消費行動であるのに対して、グーグルはすべての事象をデータ化しようとしている生活行動データちょ言えるでしょう。便利に使うマップアプリなども自動的に自分の位置情報をデータ入力しているのと同じなのです。

現在、多くの銀行ではATM化が進み、窓口での入出金、振込業務を大きく減らしましたが、顧客が自らの手でその場でデータ入力のコストを払うことがデータを軸としたビジネスの肝です。

その観点で言えば、実は、金融の世界は遥か昔からビッグデータです。しかも、個人を特定し、その情報を裏では共有して債務者管理をしていますから、情報化社会の真の勝者は金融業なのかもしれません。

金融がクローズであるのに対して、グーグルの特徴はオープン(に見える)なことでしょう。

さて、最近、携帯電話料金の支払い遅延でローンが組めなくなることが問題視されていますが、ここに、ビッグデータ分析の本質があると考えます。

つまり、ビッグデータ分析は人の心を徹底的にノイズとして除去するということです。例えば、「なぜ、入金が遅延したか」ではなく、「カード支払いの入金遅延する人に与信すると損をする」ということしか見なくなるのです。

分析はデータの本質を浮かび上がらせる手法ですから、データ自体、ビッグデータ化することで人の心を失っているのでしょう。


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