そのなかで、「何を使っているのか」と「どう使うのか」の間にある、大きな断絶を埋めるべく利用しているアプリケーションの講習などにも参加しているのですが、話を聞いたり実習したりすると「こんなことも出来るんだ」と感心する一方、「これ、マニュアル読んだだけだとわからないな・・・」という思いが頭を過ります。
そもそも、アプリケーションのマニュアルが50ページを超えてくると目的の操作を探すことは出来ても、全ての機能を把握して効果的に活用することが難しくなる印象です。
また、アプリケーションソフトに限らず、スマホ、家電など諸々のハードウエアも状況は似たり寄ったりです。
またMicrosoftOfficeのように日常的に使うソフトではバージョンが変わると、新しい機能どころか、これまでの機能を探し当てるのに多くの労力を使うことになります。昔のソフトには、その労力(スイッチングコスト)を下げるために「互換メニュー」なんてものが普通に装備されていましたが、最近はそれもありません。
きっと、多くの人が「使い切れない機能」を実感していると思うのですが、なぜ、このようになってしまうのでしょうか。
真偽は知りませんが、人は脳の一部しか使っていないという話があり、それと同じように使うものよりも過剰にアウトプットしてしまう習性があるのかもしれません。
さて、前述のように講習会に参加すると使い方がよくわかります。ここに、以下のような機能理解の本質が隠れている気がします。
1.人は人が語れる量が把握しやすい
2.語れる量は限られるのでポイントが絞られる(過剰な要素が排除される)
3.未知の情報の羅列からポイントを絞り込むのは困難である
実は私たちの周りの環境は常にオーバースペックなのかもしれません。そのなかで口コミやマネジメントなど他者の語りを上手く使うことによって理解を進め、環境を上手に活かしているようです。また、興味、関心といった、直感的にポイントを絞り込む脳の働きもとても大切なのだと思います。
逆説的に考えると、語ってくれる人や興味・関心が薄いと情報は常に過剰で理解が進まないものなのでしょう。
止まって考えよう