2015年4月18日土曜日

上野というカオスが持つ場の力

土曜日の昼に上野公園界隈を歩くと、混沌としてながらも不思議なバランスが保たれていることに気づきます。

最初に知るのは、まず集まる人の多様性です。

動物園に行く人、美術館に行く人、コンサートに行く人、散歩をする人、大道芸を見る人、大道芸をする人、観光をする人、大学に行く人、カフェでくつろぐ人、買い物をする人、食べ物を受け取る人などなど様々な目的をもった、修学旅行の学生、外人、家族連れ、若い人、年配者などなど多様な人々が上野の山に集まってきます。

それらの人々は、お互いに境界を持って一線を画しているのですが、移動する導線は複雑に交差しています。

大きな範囲で考えれば洗濯機の中の洗濯物のように入り乱れているのですが、パンツと靴下がくっついて1つになることが無いように独立性は保たれているのです。

そこに存在する世界は偶然で、夜になれば消えますが、朝が来ればまた世界が訪れます。

ちょっと考えると不思議なことです。

しばらく経ってから上野に来れば同様な世界がそこにあることでしょう。
自分は間違いなくその世界の一部であるけれど、一方で自分が居なくてもそこに世界は有る。

なんだか哲学的な感じです。

上野というカオスには、その非常に強い混沌さによって何らかの気づきを与えてくれる場の力があるようです。


ああ、上野駅