オフィスのレイアウト変更にともない、本棚の移動がありました。一旦、ダンボール箱に収納した本を再び棚に戻しながら考えていました。
まず、本の大きさは制約条件です。
それぞれ異なる棚の大きさに合わせて本を収納します。色々な大きさがあるので思ったように棚を使えません。
次に、本の内容です。本の分類やテーマによって位置を決めます。
これは、前提条件です。例えば、うちの会社であれば、心理学や統計学、人と組織、人事、リーダーシップ、マネジメント、学習と育成、研修などなど、おそらくこのような場面で本を探す必要が出るだろうという前提のもとに収納場所を決めていきます。
並べながら思ったのは、「本を本棚に並べる行為には自分の中のプライオリティ(優先度)やマインドシェア(気になること)が投影されている」という最初の仮説です。
今日の配置で言うと、棚の上から、「経営・人事・組織」「リーダーシップ・マネジメント」「分析・統計」「心理学全般」「心理測定・社会調査」「教育」「諸々の蔵書」「マーケティング」「辞書・辞典・白書」といった感じでした。
実践的な課題解決とその裏付けとなる方法論までが、日々の視野にあり、蔵書以下は、使わないけど保管だけしている印象です。
本は並べるものでなく、読むものですから、綺麗に収納する必要はありません。
田原総一朗さんの書斎をテレビで見たことがありますが、至る所に本が積み上がっていて本棚に整理しているようには見えませんでした。もちろん、立派な本棚もあるに違いありません。
実は自分のロッカーにも結構な量の本が入っているのですが、そこは結構グチャグチャで自分だけがわかる世界です。本の内容も、小説やら複雑系やら脳科学やらグラフィックやらとカオス(混沌)な空間です。並べても出し入れが激しいので場所が定まりません。
一方、本の多さは知識の豊富さをアフォードします。テレビで大学教授などがインタビューを受ける時、立派な本棚といっぱいの本を背景にしていることが非常に多いです。また、オフィスのよく見える場所に、大きな本棚とステキな本を並べている会社もたくさんあります。それらからはメッセージが見え隠れします。
そこで浮かんだ2つ目の仮説は、「本を本棚に並べる行為は自己顕示であり、並べない本は知能の一部である」というものです。脳の中に本棚があるわけではないので、本が並んでいないほうが、より知能的な状況であるように思えるからです。
「本」は様々な気づきを与えてくれます。
頭のなかのカオス